カタクリは 自然の恵み 路面咲き
駅前通の歩道部分にマンホールの蓋があり、「自然の恵み野」の文字と花の絵がデザインされている。花はカタクリで町の花に指定されている。作付面積日本一のカボチャの産地であり、キノコも採れる。「越冬キャベツ」でも知られる町である。(2013・8・13)
カタクリは 自然の恵み 路面咲き
駅前通の歩道部分にマンホールの蓋があり、「自然の恵み野」の文字と花の絵がデザインされている。花はカタクリで町の花に指定されている。作付面積日本一のカボチャの産地であり、キノコも採れる。「越冬キャベツ」でも知られる町である。(2013・8・13)
絵牧場 観光主役 羊なり
マンホールの蓋か只の路面の飾りなのかはっきりしないのだが、駅前の通りの路面の色付き蓋には羊のサフォーク種が描かれている。サフォーク種は羊肉や羊毛となり、同市の観光牧場にも利用されていて、サフォークランドで売り出している。(2013・8・13)
夕張川をせき止めた大夕張ダムの下流に新しくシューパロダムの建設工事が進んでいる。2014年には完成予定で、大夕張ダムは人造湖の下に沈む。大夕張ダムを見ることができる間にと、ダムの工事現場での見学会が行われた。その見学会場に32歳という若さの夕張市長鈴木直道氏が登場する。
鈴木市長は東京都から派遣されて夕張市と縁がつながり、2011年の統一地方選挙で当選
を果たした。財政破綻の夕張市を背負って行くのは大変だろうと思われるけれど、都職員時代に、夜学で法政大学法学部を卒業した努力家であり、その若さと情熱でなんとかやってもらえそうである。
後で知ったが、鈴木市長はフェザー級のボクシングでも国民体育大会の選考会で準優勝の成績を残している。近くで話したけれど、ボクシングをするような感じは受けず、物腰の柔らかそうな印象であった。その後夕張メロンを宣伝するため中東まで飛んだ新聞記事も目にしている。
ダム工事現場で札幌市の副市長秋元克広氏に声を掛けられた。秋元氏は夕張高校の卒業生で、その関係で見学会に参加したとのことである。鈴木市長と秋元副市長は面識がないようであったけれど、二人に並んでもらいパノラマ写真撮影である。見学会では人のパノラマ写真は撮れても、肝心のダムのパノラマ写真は擁壁部分が邪魔して、大夕張ダムやダムの湖面を撮ることはできなかった。(シューパロダム工事現場、2013・7・15)
昔の質屋の石蔵を再利用した美術館が小樽市緑町にある。森ヒロコ・スタシス美術館で、この質屋の娘だった森ヒロコさんの銅版画とポーランドの画家スタシスの作品が展示されている。館長は長谷川洋行氏である。 長谷川氏はスタシスを始めとして東欧の芸術を日本に紹介する過程で、スロバキア国立オペラ座と出会い、大衆娯楽としてのオペラを日本に紹介する活動に入った。1999年に同オペラ座の歌手達を日本に招待しての初めての公演を行っている。 その後も低価格のチケット販売で、経費を節約した同オペラ座の日本公演を続けており、2013年の札幌公演がちえりあホールで行われた。演目はオペレッタ「メリー・ウィドウ」で日本スロバキア外交関係樹立20周年記念公演でもあった。 オペラが始まる前にちえりあホールの舞台に立ってもらい、長谷川氏のパノラマ撮影を行う。この後開場で、観客を前に長谷川氏が最初の挨拶と演目の紹介を行った。駐日スロバキアの大使も来賓として挨拶していた。公演の準備や大使の接待で長谷川氏は忙しそうで、和服姿の森ヒロコさんが会場で内助の功を発揮しておられた。(ちえりあホール、2013・7・6)
伊藤組100年記念基金という広範囲の各種活動に助成を行う基金がある。この基金の評議員同士ということで金井氏と面識を得て、勉強会「eシルクロード大学」の講師をお願いしたことがある。その事前のお願いで金井氏が経営している(有)イルミナージュでパノラマ写真撮影である。
金井氏はデザイナーとして活動を開始しており、豊平川に架かるミュンヘン大橋の基本デザインや同橋バルコニーのレリーフのデザイン、市立札幌病院のステンドグラス壁画のデザイン等を手がけている。現在は画家として描いた絵を展示・販売するイルミナージュという会社の経営者でもある。
デザイナーや画家とは別に、多方面で活動をして来られた。プロサッカーチーム(Jリーグ)コンサドーレ札幌の設立時に、このチームの運営会社の北海道フットボールクラブ社長を務めた経歴の持ち主であると聞くと、意外である。
イルミナージュのオフィス内には金井氏のアクリル画やカードが並んでいる。そのなかには金井氏の原画による、郵政省発行の有珠山噴火災害寄付金付き切手や北海道ふるさと切手も展示されている。(イルミナージュ、2013・6・17)
小樽で赤岩園芸を経営してる続木忠治氏は1983年に日本で最初にヒマラヤの青いケシを開花させている。メコノプシス属のブルー・ポピーはヒマラヤの3000~4000 mに分布する花で、イギリスのエジンバラ王立植物園で開花させることに成功している。続木氏は同植物園と連携して、この珍しい魅力的な花を日本に広める先駆者となった。
「小樽・石狩秘境100選」(青木由直編著、共同文化社、2007)に取り上げるため、小樽赤岩の北山中学校の横にある同園を訪れたことがある。ヒマラヤの青いケシが数株開花しているのを写真に撮った。同園には約千坪の土地に三千種近くの花があると聞かされた。
続木氏は「ヒマラヤの青いケシとその仲間たち」(続木忠治、文一総合出版、2008)を上梓している。メコノプシスの花たちの写真集である。写真でもやはり青いケシが目を惹き付ける。
大通公園を会場にして札幌花フェスタが行われ、毎年赤岩園芸の店が出る。ヒマラヤの青いケシは店頭には並ばないけれど、前述の本が代わりに並んでいたりする。テントの店先で来客に応対する合間に続木氏のパノラマ写真を撮る。(札幌大通公園花フェスタ会場、2013・6・26)
「江別・北広島秘境100選」(青木由直編著、共同文化社、2008)を出版した時、共著者の一人としてイタリア料理店イルピーノの経営者の川端枝美さんに加わってもらったことがある。川端さんは地元(北海道)の食材をイタリア料理に取り入れようと道産小麦を探し、江別産小麦を見出して自信のパスタに漕ぎ着けた話の原稿を寄せてくれた。
川端さんの店は時計台ギャラリーのあるビルの隣ビルの地下にある。同ギャラリーで「北海道の駅パノラマ写真展」を行い、最終日の打ち上げ夕食会はこの店に関係者が集まりイタリア料理を楽しんだ。
夕食会の2日前に予約で訪れた時、川端さんに店内に立ってもらいパノラマ写真を撮る。店は2002年に開店ということで、店の年齢は10代に入っている。川端さんは語学の勉強でイタリアに留学し、イタリア料理を学んで帰国した。試行錯誤のレストラン経営が軌道に乗り、札幌で名の通った店にすることに成功している。(イルピーノ店内、2013・7・25)
「爪句@札幌街角世界旅行」(青木曲直編著、共同文化社、2012年7月)を出版したことがある。札幌の市内で海外旅行をしている気分に浸れるような場所の写真を撮り、爪句を添えてもらう原稿を募集した。新蔵博雅氏にも原稿を依頼したのだが、忙しいようでなかなか原稿が出てこない。そこで北24条地下鉄駅近くのロシア料理のレストランにご一緒して、取材ということになった。
新蔵氏はそのレストランの経営者のロシア人女性とロシア語で会話したのには驚いた。新蔵氏は早稲田大学第一文学部ロシア文化科を卒業なので、ロシア語を話しても不思議ではないのだけれど、学歴を知らないと意外な側面を見せられたように感じてしまう。北海道新聞社に入社して、同社専務から北海道文化放送(UHB)の社長に迎えられた。
新蔵氏には何かのパーティを企画した時には来賓の挨拶を頼んだりしていた。「初音ミク」の北海道新聞文化賞の受賞祝賀会でも祝辞のご挨拶をいただいた。その時司会をしていた福津京子さんは顔見知りであったとは、予想もしなかった。福津さんはUHBテレビの不定期コメンテーターで出演しているので、新蔵氏と面識があってもおかしくない。新蔵氏は福津さんの「札幌人図鑑」を高く評価しており、札幌人図鑑の第一ステージの最終回に当る365回目のゲストは新蔵氏であった。(北海道文化放送社長室、2013・6・19)
無名会というホテルで朝食を撮りながらの勉強会がある。主宰しているのは旧北海道拓殖銀行専務だった石黒直文氏である。石黒氏の経歴から講師に招かれるのは主に経済畑のキーパーソンである。会のメンバーはビジネス、金融、マスコミ、大学等の関係者である。いわば石黒塾のようなものである。
石黒氏は「私設北海道開拓使の会」を1994年に立ち上げ、その理事長を務めてこられ、来年は設立20年目を迎える。こちらの会の目的は、本州から北海道への移住者を増やし、移住して来た人の親睦を図るものである。本州に住む人に北海道への移住を勧めるからには、勧める方が北海道大好き人間でなければならない。石黒氏はまさに北海道大好き人間である。
石黒氏の人的ネットワークは広く、無名会の講師には北海道を牽引してゆく企業のトップなどが顔を見せる。月1回の例会はグランドホテルの一室が会場と決まっている。北海道中小企業家同友会代表理事の守和彦氏の講演が終わった時に守氏と一緒に石黒氏のパノラマ写真を撮らせてもらう(右が石黒氏、左は守氏)。守氏は「ダテハキ」の会長でもあり、会社名は伊達(市)で履物(下駄)を作っていたことに由来する。(札幌グランドホテル、2013・6・17)
“初音ミク”は今や札幌を代表する人物の筆頭グループに入るだろう。2012年の北海道新聞文化賞の特別賞を受賞している。その受賞祝いのパーティに、ちょっとしたご縁で司会をお願いしたのが福津京子さんである。主に札幌の特色ある人物と対談して、「札幌人図鑑」というインタービュー・コンテンツをYou-tubeに毎日投稿している。2012年の5月から始めて一日も休まず、2013年の4月30日に365回分を世に送り出している。ファーストステージ終了後1ヶ月の休みを取って、現在はセカンドステージである。そのバイタリティには驚かされる。このインタービューにヒントを得て、北海道パノラマ写真風土記の人物編を考えてみた。福津さんのオフィスは個人や小規模ベンチャー企業が入居するオフィススペース「ドリノキ」にあり、「札幌人図鑑」に出演を依頼された時、訪ねたついでにパノラマ写真を撮ってみた。(ドリノキ、2012・11・30)