HPFhito21・クリプトン・フューチャー・メディア社長伊藤博之氏

 合成音声でユーザの好みに合わせて歌わせことのできるボーカロイド技術から生まれたヴァーチャル歌手「初音ミク」がブレークしてから、初音ミクを生み出したクリプトン・フューチャー・メディア社の伊藤博之氏は多忙の身となっている。
 伊藤氏の会社は効果音などを輸入して売ることも仕事にしていた。札幌市長が委嘱する「eシルクロード親善大使」制度を2005年に提案した時、10名ばかりの親善大使の一人として伊藤氏にも加わってもらった。その事もあり、2006年4月には伊藤氏と共に韓国・大田広域市にあるエマシス社(金豊民社長)やETRIでの講演や視察旅行を行っている。この時は、エマシス社が開発したケータイ用の3次元音源を、日本のケータイ・キャリア会社に売り込むため、伊藤氏の会社でその音源データを作るような話が進行していた。その時は「初音ミク」は未だ生まれてはいなかった。
 筆者はIT技術者向けの日本語会話のテキストを中国語、韓国語の対訳つきで作るプロジェクトも立ち上げ、日本語の読みはプロの司会者に発音してもらった。その録音と編集を伊藤氏の以前の会社のスタジオを使わせてもらい、テキストを出版したこともある。
こんな関係で伊藤氏にはお世話になっていて、勉強会「eシルクロード大学」で講師として何回か話してもらっている。そうこうして効果音、楽音や音声を商品化する過程で「初音ミク」が生まれる。これはCGM(Computer Generated Media)のコンセプトに基づいていて、メディアの受け手がメディアの作り手にもなれる技術であったこともあり、急速に世の中に受け入れられていく。札幌が発信元で全国に通用する、そして今はアジアで人気のヴァーチャル・アイドル歌手に成長してきている。アメリカやヨーロッパにも名前が知られるようになっている。
 北海道新聞文化賞に「初音ミク」を推薦して、初めてヴァーチャルな人物が実在の人物と伍して2012年の文化賞の特別賞を受賞している。その授賞式も伊藤氏は前からの約束の講演会か何かで出席できぬほどスケジュールが込んでいた。受賞式には等身大の「初音ミク」のパネルが置かれていた。
 最近、札幌駅近くの日本生命ビルの11階の1等地に会社を移転している。伊藤氏の時間の取れるところで短時間パノラマ写真撮影に出向く。社長室といってよいかどうか、狭い自分の部屋でパソコンを相手に仕事をしている。会社の机だけでは殺風景なので、前述の北海道新聞文化賞の佐藤忠良制作のブロンズ像を机の上に置いて撮影である。
 技術やサービスの革新よる企業の変化は目を見張るものがある。しかし、人の方はそんなに変われるはずもなく、相変わらずの伊藤氏がそこに立っていた。


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HPFhito20・役員室廊下での北海道新聞社専務岡田実氏

 筆者は以前に北海道新聞の夕刊コラム「魚眼図」や朝刊に掲載される「朝の食卓」の執筆者であったことがある。さらに同社出版センター(以前は出版局)から都市秘境に関する本も出版しており、北海道新聞社はご縁のある新聞社である。同社の顔見知りは新聞記者や編集者といったところで、新聞社の上層部とは仕事の上で知り合いになる機会はなかった。
 札幌市内の都心部のホテルで月1回行われる朝食会のメンバーに北海道新聞社専務の岡田実氏がおられ、講師で新聞の将来に関するお話をされたことがあった。来年(2014年)春に予定されている消費税アップで、3千円台にかろうじて留まっている購読料が、消費税をそのまま上積みすると4千円台になってしまう。この値上げの心理的効果が大きく、販売部数減少に拍車がかかるのではないか、との心配を吐露されていた。
 その岡田氏にパノラマ写真の説明するため、役員応接室に出向く機会があった。前から役員室のフロアには彫刻や絵画の美術品があると漏れ聞いていたので、それを取材するのも訪問の目的に加えて出かけた。役員室のあるフロアに入るのは今回が初めてである。
 役員室につながる廊下部分は広く彫刻が並んでいる。応接室にも佐藤忠良や安田侃の作品が置かれてある。岡田氏や各部局の責任者が並んで座っているところでパソコンやスマホを使ってパノラマ写真の説明を行う。部屋に入ってすぐにパノラマ写真の説明に入ったので、彫刻や絵の取材をする余裕は無かった。
 新聞が技術革新で抱え込んでいる課題として、紙の新聞と電子新聞の棲み分けをどのように行っていくかがある。多分紙と電子のハイブリッド新聞が現れてきて、パノラマ写真などもそれを補強する技術の一つではなかろうか、等の説明を行った。説明のついでに筆者の人間三脚方式のパノラマ写真撮影の実演を行う。
 帰りがけに役員室がつながるフロアで岡田氏を入れたパノラマ写真を撮る。筆者の話を聞いてもらった小野秀司氏、佐藤淳治氏、山本潤氏らもパノラマ写真に写っている。今回はパノラマ写真に関する話で精一杯で、フロアに並んでいた彫刻や絵画の取材は出来ず仕舞いであった。次の機会があれば、これらの作品に近寄ってパノラマ写真撮影を行ってみたいものだと思った。


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(役員室前廊下での岡田実氏)

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HPFhito19・炭の家を熱く語った札幌商工会議所特別顧問青木雅典氏

 青木雅典氏にはお世話になっている。日の目を見なかった「風景社印プロジェクト」を企画したことがあった。「風景印でめぐる札幌の秘境」(北海道新聞社、2009)を出版して、郵便局で捺印してもらう「風景印」の企業版を思いついた。企業に風景印に対応したものを新しく制作してもらい、その絵柄について都市秘境をからめて取材し、本の出版を考えた。
 このプロジェクトの参加募集に札幌商工会議所の機関誌「さっぽろ経済」に1ページの広告を載せたことがある。当時同会議所の副会頭であった青木氏に会議所の応接室でお会いして、この訳のわかり難いプロジェクトを説明したことを覚えている。青木氏の鶴の一声で広告は載せてもらえることになり、前書の宣伝も行っている。結局参加企業も少なく、このプロジェクトは頓挫した。現在、青木氏は長年の札幌商工会議所副会頭を退き、特別顧問になっておられる。
 青木氏の本業は「㈱ホーム企画センター」の社長で、筆者が講師役を務めている道新文化センターの講座「身近な都市秘境を歩いてみよう」の受講生と同社を見学したことがある。青木氏は北海道日中友好協会会長やニュージーランド名誉領事を務められ、社内にある名誉領事室で受講生と一緒に名誉領事としてお話を伺った。
 社業の「炭の家」という、始めは馴染みのない言葉の家造りについても説明していただいた。炭の持つ空気洗浄効果を生かして、屋根裏、床下、壁の内側に1トンもの炭を埋め込むことで、室内を空気汚染から護ろうとするコンセプトの家造りで業績を伸ばして来た。実際にビンに炭を入れ、作りだした臭気が消えていく実験も見せてもらった。
 中央で活躍する経済人やオピニオンリーダを招いての定期的な講演会の懇親会に出席していて、青木氏と顔を会わせる。商工会議所副会頭の時、革新系の上田文雄札幌市長と札幌経済界や自民党との交通整理を行ってきた話などが出る。丁度よい機会なので、懇親会場で青木氏のパノラマ写真を撮る。この時の講演会の講師は経済評論家の三橋貴明氏でテーマは「アベノミクスへの直言!三本の矢の真実」であった。


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(講演会懇親会での青木雅典氏)

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「青木由直先生北海道功労賞受賞祝賀会」参加者

 11月27日に全日空ホテル・白樺の間で行われた「青木由直先生北海道功労賞受賞祝賀会」の記念パノラマ写真です。参加者は次の方々です(敬称省略)。
 青木由直(北大名誉教授)、横内龍三(北洋銀行会長)、服部裕之(㈱カスケード社長)、似鳥寧信(ビー・ユー・ジー森精機㈱ 顧問)、
呉 敦(㈱ノーステクノロジー社長)、木野口 功(㈱アイワード社長)、和島英雄(㈱ハイデックス・和島 会長)、渋谷洋幸(札幌市経済局産業振興部経済企画課長)、福津京子(札幌人図鑑 主宰)、新蔵博雅(前北海道文化放送(UHB)社長)、林 克弘(日研コンピュータ㈱社長)、久保田義興(㈱ライヴリィ社長)、尾北紀靖(央幸設備工業㈱社長)、久保 洋(室工大名誉教授・久保感性サービス研究所代表)、栗田正樹(㈲ソノーク社長)、伊藤邦宏(北海道公営企業管理者)、木村 真(㈱メディアグラム社長)、阿部恭徳(ビー・ユー・ジー森精機㈱ 顧問)、伊東 裕(サンハップス研究所代表)、平 八郎(全日空ホテル北日本エリア総支配人)、境 聡雄(北洋ビジネスサービス㈱部長)、遠藤隆三(遠藤興産㈱社長)、 宮崎昭人(㈲ジャストイングリッシュプレス社長)、鳴海鼓大(㈱システム・ケー社長)、江積淳一(札幌市経済局産業振興部ものづくり産業課係長)、松川泰昭(札幌市経済局産業振興部ものづくり産業課長)、長瀬恵理子(㈱メディアマジック取締役総務部長)、里見英樹(㈱メディアマジック社長)、青木直史(北大情報科学研究科助教)、千葉孝志(㈱NTTドコモ北海道支社法人営業部長)、久保孝行(札幌市経済局産業振興部ものづくり産業課係長)、福井知克(さっぽろ産業振興財団専務理事)、小野 聡(さっぽろ産業振興財団事業本部長)、井上一郎(㈱光合金製作所会長)、村田利文(ムラタオフィス㈱社長)、本村龍生(北海道新聞紙面審査委員(元編集委員))、一橋 基(さっぽろ産業振興財団情報産業振興部長)、酒井裕司(札幌市市長政策室政策企画部長)福本義隆(㈱福本工業社長)、森 成市(エイブルソフト㈱社長)、町田隆敏(札幌市教育委員会教育長)



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(パノラマ写真撮影:福本工業山本修知氏)

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シリーズ1406・海の見える駅

海近き 駅は黄金(こがね)に 染まりたり

 海の見える駅で水平線に沈んで行くパノラマ写真を撮りたいと思っていた。この駅が丁度撮影の最終駅となり、太陽がホームから見える海に落ちて行こうとしている。太陽の輪郭は見えないけれど、夕日で駅舎やホームは黄金色に染まっている。ここはどこの駅。(2014・10・24)


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(写真をクリックするとパノラマ写真になります)

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HPFhito18・「北海道シマフクロウの会」設立総会での山本純郎氏

 シマフクロウは時々耳にしていたけれど、アイヌの神様にされている鳥で、山の奥にでもいるのだろう、程度の認識しかなかった。それがちょっとしたきっかけで「北海道シマフクロウの会」に加わることになって、この鳥が絶滅危惧種IAの、北海道だけに棲息する貴重な鳥であることを知った。
 前記の会は、北洋銀行会長の横内龍三氏がシマフクロウの保護の為に2013年9月に立ち上げたもので、会の会長は横内氏、副会長に村田正敏北海道新聞社社長、同じく横山清アークス社長が名前を連ねている。
 会費を払っている会員に設立総会の案内が来て出かけてみる。会場には経済人が多く、顔見知りの大西雅之阿寒グランドホテル社長の隣に座る。役員名簿を見ると、氏はこの会の理事の一人である。
 会の様子のパノラマ写真を撮っておくと後で何かの役に立つかと、会議の邪魔にならないように一番後の席のところで目立たないように身体を回転させながら撮影である。横の方に座っている人は会員なのだろうと思っていた。
 事務的な議題が終わり講演会となる。講師として、根室市でシマフクロウの保護と研究を行っている山本純郎氏が登壇する。どこかで見た顔だなと思って、先ほどパノラマ写真を撮った横にいた口ひげの眼鏡をかけた方であると気づく。偶然に講師がパノラマ写真に写っていた。
 山本氏は京都府宮津市生まれで、大阪でシマフクロウと出会ってからシマフクロウに入れ込み、この鳥のため1982年に根室市に移り住むまでになった。一時期は30個体を割るまでに激減していたシマフクロウは、氏の保護活動や環境省、農林水産省の保護増殖事業で140個体程に回復してきている。
 山本氏はシマフクロウの人工孵化にも成功している。怪我をしたシマフクロウを氏の家族全員で世話をした例も紹介されていた。シマフクロウが怪我や事故死に至るのは、自動車や電線によるものであるのを聞くと、人間の生活の利便性追及がシマフクロウの生存に脅威となっているのに気づかされる。
 山本氏と言葉を交わすことはなかったけれど、シマフクロウの保護や研究は大変であると同時にやり甲斐のある仕事である事が、講演から十分理解できた。


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シリーズ1616・「パノラマ写真」ここはどこ

 跨線橋の陰に三角屋根の駅舎の一部が見えています。さて、ここはどこの駅。


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HPFhito17・オンファロス寄贈除幕式の服部裕之氏

 札幌のIT産業史にサクセス・ストリーを刻んだ「ビー・ユー・ジー」社が札幌テクノパークに社屋を新築したのが1988年である。社長として同社を牽引したのが服部裕之氏で、30歳を超えてそこそこであった。
 この社屋に彫刻家イサム・ノグチ作の「オンファロス(omphalos)」の蹲(つくばい)が置かれ、常時水が流れていた。ここに世界的巨匠の作品があることに関しては一つの物語がある。服部氏は、社屋新築に関わった設計会社のパーティで知り合ったイサム・ノグチ氏と札幌市の間を仲介し、これが札幌市東区のごみ処分場利用したイサム・ノグチ設計のモエレ沼公園の誕生につながった。その過程で、巨匠が服部氏に蹲を贈り、これを新社屋の中心に設置した。
元々オンファロスとはアポロの神殿にある世界の中心を表す象徴的なモニュメントである。そこから採られた作品名は、札幌が情報産業で日本の中心、否世界の中心になる願いが込められている。テクノパークの開発やそこに地元IT企業が集積していったこの時期、札幌は全国から情報産業勃興の地として注目を集め、オンファロスの名前を名実ともに具現化する勢いがあった。
筆者は当時北海道新聞のコラム「魚眼図」の執筆陣に加わっており、1989年1月21日の夕刊に「オンファロス」と題した一文を寄稿している。この原稿は後に出版した「魚眼で覗いた微電脳(マイクロコンピュータ)世界」(共同文化社、1999年)にも採録している。
 イサム・ノグチ氏は1988年12月30日ニューヨークの病院で亡くなっており、基本設計を行ったモエレ沼公園の完成を目にすることはなかった。その後バブル崩壊やベンチャー企業育成を支援してきた北海道拓殖銀行の破綻で、札幌のIT企業は困難な道を歩むことになる。ビー・ユー・ジーも2013年には「ビー・ユー・ジー森精機」と社名が変わり、本州資本の子会社に変わった。創業した服部氏らは別の会社を興し、元の会社の経営からは退いた。
 服部氏所有だったオンファロスがモエレ沼公園の中核施設の「ガラスのピラのミッド」に寄贈されるとの新聞記事を目にして、寄贈序幕式に出かけてパノラマ写真を撮った。除幕前の撮影であったため、オンファロスには白布がかけられていた。蹲が置かれた場所は丁度ガラス張りのピラミッドの頂点の真下だそうである。オンファロスは名前の通り場所を得て収まった感じである。
 パノラマ写真に座って写っているのは桂信雄前札幌市長で、服部氏がイサム・ノグチと札幌市の仲介を行った時に市長であった。桂氏は札幌の情報産業育成に理解を示され、サッポロバレーと称された札幌情報産業の展開に対応した行政側の布陣を敷かれた。
 準備中の司会者として写っているのは林美香子氏で、北大農学部卒業後、札幌テレビ放送のアナウンサー・キャスターからフリーランスとして活動、2012年からは北大農学研究院の客員教授として就任されている。


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HPFhito16・道立アイヌ民族文化研究センターの本田優子先生

 札幌大学副学長の本田優子先生に初めてお会いしたのは2013年9月の「北海道シマフクロウの会」の設立総会である。絶滅危惧種に指定されたシマフクロウが熊と並んでアイヌの重要な神様であることから、アイヌ文化研究者の本田先生もこの会に名前を連ねていた。
 本田先生は阿寒観光ブランド協議会と連携してシマフクロウの羽をデザインしたペンダントの商品化を進めているらしく、前記設立総会で会長の横内龍三氏ら発起人の方々に銀製の試作品を贈呈した。これを横目で眺めていて、自分の北海道功労賞受賞記念にシマフクロウの羽のタイピンを新しく作ってもらう事を考えた。
 本田先生と連絡を取り、先生に上記の件でお会いしたのは北大植物園の近くにある、道立アイヌ民族文化研究センターである。ここにこんな施設があるのを初めて知った。先生は阿寒町に出向くついでに、筆者の希望を阿寒町在住の作家に伝え、まとまった数の銀製のシマフクロウの羽のタイピンが後日出来上がってきた。
 この記念品制作のご縁で、先生には11月に筆者の勉強会「eシルクロード大学」でも講師をお願いした。アイヌ民族や文化について知らなかったことを分かり易く説明していただき、他の聴講者にも興味の湧くお話だった。学生相手に場数を踏んでいるだけあって、興味をそそる話をする方だとの印象である。
 勉強会で先生の来歴も紹介され、金沢出身の「和人」で、北大の日本史専攻課程を卒業後二風谷に移住し、故萱野茂二風谷アイヌ文化資料館長の助手を11年間続けながらアイヌ文化の研究を行った経歴の持ち主である。この間、「萱野茂のアイヌ語辞典」の編纂などを手がけておられる。
 現在は札幌大学に勤務され、アイヌ文化(語)保存や市民に対する啓蒙活動、アイヌ民族の学生支援等を目的にしたウレシパ(育て合う)プロジェクトを立ち上げ、学生たちと活動を続けて来ている。これら一連の活動が企業の社会貢献と結びついて注目され出してきている。その成果として、来年はJR札幌駅の西コンコースにアイヌ文化を表すオブジェも置かれる事を耳にした。JRの車内誌にも先生担当のコラム「ソンコdeソンコ」が連載されている。
 注文した銀製品が届いた時、受け取りに前記研究センターに取りに行ったついでに、先生が自分の机のところでお仕事をしているところをパノラマ写真に撮ってみた。突然の撮影申し込みで驚いた様子だったけれど、机の上を少し片付けてこちらに笑顔を向けてくれた。


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HPFhito15・祝賀会で挨拶する北洋銀行会長横内龍三氏

 北洋銀行会長の横内龍三氏には都市秘境をテーマにした著作の共著者になってもらったことがある。横内氏が副頭取で北洋銀行に迎えられて間もない頃に「札幌秘境100選」(マップショップ、2006年10月)を出版した。この都市秘境本に「札幌市資料館女神テミスの顔面レリーフ」というテーマで執筆されている。
 現在は札幌市資料館になっているかつての「札幌控訴院」の玄関上部にある、法と正義を司るギリシャ神話の女神テミスが、目隠しの顔になっている由来を解説されている。日本銀行から弁護士に転じた氏の、法曹界に関連した都市秘境発見記である。
 今は無き旧北海道拓殖銀行本店が北洋銀行大通支店になっていたこともあり、横内氏の案内で同行内を写真撮影し、その探訪記を前掲書に書いた筆者の原稿もある。この時地下の大金庫室も取材している。当時現役で利用されていた大金庫の扉は、旧拓銀ビルが取り壊され、北洋銀行の本部の建物として新築された時、地階の歩行者通路「チカホ」と接した場所に展示された。
 横内氏は都市秘境本シリーズの2巻目の「小樽・石狩秘境100選」(共同文化社、2007年11月)でも共同執筆者のお一人として加わってもらった。執筆テーマは「金融資料館(旧日銀小樽支店)のシマフクロウのレリーフ」である。同資料館の外壁と内壁に30体あるシマフクロウの彫刻について解説されている。
後年、同行頭取を経て会長職についてから、2013年に「北海道シマフクロウの会」を立ち上げ、絶滅危惧種のアイヌ民族の神の鳥の保護を資金的側面から支援する運動を開始されている。JR北海道の車内誌(2013年11月)にも「シマフクロウたちの森」の特集記事が載っており、同会と横内氏が紹介されている。
 都市秘境本での協力を得た関係もあり、高橋はるみ北海道知事より平成25(2013)年度の北海道功労賞を贈呈された時、贈呈式で受賞者の紹介をする挨拶を行っていただいた。さらに後日、有志による受賞祝賀会でも、冒頭でご挨拶をいただいた。その挨拶時にパノラマ写真撮影である。
 パノラマ写真には受賞記念本の原稿執筆者の札幌市教育委員会教育長の町田隆敏氏や開会での乾杯の音頭を取られた功労賞受賞者の小樽の光合金製作所の井上一郎会長、中締めの乾杯者の前北海道文化放送(UHB)社長新蔵博雅氏も写って居られる。
新蔵氏はスピーチで、くるくる回りながら写真を撮る筆者を、赤塚不二夫のギャク漫画「天才バカボン」に登場する「カメラ小僧」であると絵のコピーを示して話された。爪句作家としての筆者の俳号「曲直」は、本名「由直」に幾何問題を解く際の補助線1本が加わっており、これが筆者の理解の助けになる、という話と合わせて、新聞記者のセンスで上手い喩えを持ち出すものだと感心した。
 司会は札幌人図鑑の福津京子さんで、横内氏の取材について会場で横内さんに仲介した。横内氏も近い将来福津さんのインタビューを受け、札幌人図鑑に登場することになるのだろう。


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