弁護士の馬杉榮一氏は、大通西9丁目の大通公園に面したビルに馬杉榮一法律事務所を構えている。弁護士をやっていく上で弁護士事務所は重要な要素だそうで、家賃の高いこの場所で長らく仕事を続けて来ている。弁護士には縁がなかったけれど、今回パノラマ写真撮影とインタビューで同事務所を訪問する。
馬杉氏は1946年静岡県浜岡町生まれで、東京教育大付属中・高校から東大の経済学部に進んでいる。大学卒業後に直ぐ司法試験に合格し、法曹の世界に入ることになる。経済学部出で何故弁護士なのかとちょっと聞いてみる。世の中を渡って行くには手に職を、あるいは資格を持つのが良いとの考えのようで、堅実な方のようである。
もう一つ、北海道に縁がないのに何で札幌に住み着くようになったのか質問してみる。こちらの方は堅実な考えとはかなり離れている。司法試験合格後法曹界で仕事をするためには、司法修習生として希望する地で経験を積む必要がある。馬杉氏の時代には2年間、現在は1年間に短縮されているこの研修制度は、以前は国から給料に相当するものが支給され、現在は奨学金のように後で返還する必要がある。2年間希望の地で経験を積むということで、氏の時代には列車と連絡船で来る東京から遠いところなのに、札幌は人気の地だったそうである。
司法修習生の2年間を過ごした札幌が、その後40年以上もの弁護士生活の地になっている。結婚も札幌である。当時北海道では弁護士の居ない地方もあったので、弁護士は貴重な存在であったらしい。その点を改善する制度変更で、現在は弁護士が供給過剰気味だそうで、札幌市だけでも700名程度の弁護士が居るとのことである。弁護士や事務員を抱えて弁護士事務所の経営を行っていくのも大変そうである。馬杉氏は年齢も考え、抱えていた弁護士を独立させ、現在は事務員3名で身軽にしてやっていると話していた。公職や弁護士以外の仕事も減らしているようで、北洋銀行社外取締役や北大医の倫理委員会委員などは現在も続けている。
書籍や資料が本棚に並んでいるところで氏のパノラマ写真を撮る。撮影後、近くのホテルのレストランでの昼食時にもインタビューは続く。話は司法全般に関するものになる。司法の世界は根幹のところで専門性というものが影を潜める。裁判官の仕事は、法律によるチェックという前段階はあるものの、灰色のものに対する白黒の最終的判断では素人の立場で対応する、と氏の話で気づかされた。例えば、医療過誤の問題が裁判に持ち込まれた場合でも、最終判断を行うのは医療プロの医者ではなく、医学に素人の裁判官である。したがって裁判官員制度で、素人の市民を無作為に選んで、裁判の最終判断に立ち会わせてもおかいことにはならないとの考えに結びつく。普通の職業では考えも及ばない。
弁護士も同様に、抱えた案件の専門家ではない。もし、技術的な係争案件ならば、自分の経験に頼ることが出来ないので技術者の意見を聞く。何か台本家、役者、カメラマンを率いて演劇を行うとか、報道番組作るプロデューサーに似ているな、と思ってしまう。ただ、裁判官も弁護士も最終判断に至る過程で、素人状態からその分野の玄人に近づくことは当然ながら考えられる。すると、弁護士の仕事は勉強の連続という側面もあって、勉強家には飽きない仕事なのかもしれない。
馬杉氏に趣味はと話を向けても、特に趣味に関する話にはならない。仕事が趣味というのも、前述のように素人がプロに近づいていくところに趣味の面白さがあることを考えると、仕事が趣味という馬杉氏の姿勢に納得する。2010年発行の「翔(はばたけ)」の氏の近況報告のパンフレットを渡されて見ると、旅行をしたりゴルフをしたりで、仕事がばかりしているのでもないことが垣間見えてくる。(2014・4・22)
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